March 12, 2010

ものつくり立国という呪縛からの解放

 丁度前回日本に出張した1月に、たまたまNHKスペシャル「メイドインジャパンの命運」が放映されていた。これは台頭するアジアの製造メーカーの猛威に対して、日本はどう対抗し、どう道を切り開いていくのかという、日本の製造業の将来への模索を描いた特集だった。自分も海の外からではあるが、昨今の海外における日本の劣勢を目の当たりにしているだけに、この放映を見る事が出来たのはラッキーだった。この中で、既に日本での生産に見切りをつけ、自分たちが培ってきた技術のロイヤリティに収益モデルを特化し、生き残りをかけたJVCケンウッド(最近ではもちろんSONYもその部類だ)と、あくまでも技術力とものつくりにこだわり、何とか技術開発力で他国の追従を振り切ろうとする東芝の様子が放映されていた。
 特に東芝においては、価格を度外視して性能を重視した高機能テレビの開発から製造、そして完成までの様子がドキュメンタリータッチに描かれていて、かつて日本ビクターのVHSの開発の舞台裏を描いた映画「陽はまた昇る」を彷彿される感じだった(その物語の主役だったJVCもいまや斜陽の状況だが)。チューナーがいくつも付いたお化けのようなPCB、その高密度化による発熱を防ぐための蛸足のような水冷ヒートシンク、そんなお化け基板を設計したエンジニアたちの葛藤と、複雑化した機能を何とかまとめるべくデザインされたバグだらけのソフトウェアをできるだけ正常化しようとするプログラマーの奮闘、そして何とかその製品を販売路線乗せるためその発表の場を事前に控え、何とか納期を間に合わせて死期回生を図るべく現場に発破をかけるセールス陣の攻防(?)。日本が本来、常とし美徳としてきた(であろう)製造現場の舞台裏がリアルに描かれていた。そしてエンディングでは、やっとの思いで展示会の納期に間に合わすこトができた製品の出荷を朝焼け(もしかしたら夕焼け…)の中、安堵感と達成感に満ちた顔つきで見送るエンジニアたちの姿が映し出されていた。良い番組だった。が、熾烈な価格競争の泥沼にさいなまれる日系企業の状況を目の当たりにしている私が思ったのは、「これ売れるの?」という事だけだった。
 
 さて、アメリカに2月頭に戻り3月に入って2週目、シリコンバレーでは2つの大きなNEWSの発表があった。ひとつはGOOGLEがTV番組の検索を本格的にスタートするということ。同社はすでにサテライトTVを基幹に放送業界に殴り込みをかける姿勢を鮮明にしていたのだが、その計画の先鋒がまず具体化された。そしてもう一つはインターネットルーターの最大手であるCISCOシステムが従来の3倍以上の速度を実現する高速ルーターを発表。主に映像のダウンロードに飛躍的なアドバンテージを与えるというものだった。このNEWSは本当に衝撃的だ。それはテレビという日本のものつくりを代表する製品の存在自身が根底から覆るインパクトを持っているからだ。デジタル放送が標準化される背景には、もうチューナーなど必要ない新しい技術による映像配信が今後はスタンダードになるという意味があると思う。、そしてインフラをつかさどるハードウエアもその革新に伴って性能が飛躍的に向上し媒体を効率よく配信するシステムやソフトウェア[番組)自身も、この先恐ろしい早さで進化を遂げ、やがてはテレビという受信機ではなく、大型モニター+セットトップBOX(PC)が主流になる日がほんとうに近い気がする。そんな中、高機能と技術力を見せつけるために莫大な開発費と、人件費、そしてマーケティング費を費やして工場から送りだされた高機能テレビは、日の目を見ることなく葬られてしまう運命をたどらざるを得内という状況を、なぜ日本では大御所である東芝が気がついていないのか(もしかしたら気が付いていてなおかつの開発かもしれないが)ということが本当に情けない。クラウド化が加速しネットワークがより軽くシンプルなシステムとなり、それとつかさどるハードウェアーもますますシンプル化していく状況のなかで、なおもものつくり立国を自負し技術力を誇示するというのは、どう考えても勝ち目がなくなっている戦局において、なおも日露戦争における日本海軍の大勝利を再度実現すべく意味のない莫大な出費を費やして大和や武蔵といったっ巨大戦艦をつくっていた戦争末期の日本のスタイルが何の学習もなく踏襲されているような感じがした。
 もちろん、他の日本の大手家電メーカーもそのような考えを未だに持っているとは思いたくない。ただ残念ながら性格として大手であればある程、右へならえの傾向が強い事も事実だ。 「ものつくり立国」「技術立国」という自尊に胡坐をかいていられる時代はもうとっくの昔に終焉しているという事を、日本の企業はもっと真剣に受け止め、そしてその呪縛から一日も早くのがれて身軽になりもっとシンプルに市場をみるべきだ。考えてみれば本当に単純な事だとおもう。

 

February 19, 2010

保守的性格会社の行く末

 家にあるVIDEOテープを整理していたら(うちにはまだHDDレコーダーがないんです…)、まだ見ていない2007年の5月に放映されたNHKの「プロフェッショナルー仕事の流儀」がでてきた。ゲストはエルピーダメモリーの坂本社長。早速観て非常に共感が持てた。自分自身アメリカに長いから考えようによっては、坂本社長のスタイルは、こちらのエグゼクティブの普通の姿なのだが、坂本社長もテキサスインスツルメンツの叩き上げで育ってきたエグゼクティブだけに、特にアジア勢にそのお株を奪われたメモリー市場において従業員3,000人のトップとして彼らの生活を常に考えながら、「結論は時間をかけずその場でだす」「責任はすべて一人で背負うという」ポリシーを貫き通し、会社の肩書を傘に、黒塗りの車で通勤する勘違いしたエグゼクティブとは一線を画し、満員電車で通勤し、毎日社員のと顔を合わせながら日々の業務に奔走している姿は、本当に今見ても新鮮だった(アメリカでは、インテルのアンディグローブ会長もマイクロソフトのビルゲイツ元社長も自家用車を自分で運転して通勤していた)。こういうTOPの下でなら自分も働いてみたいと思った人は私だけではあるまい。残念ながら昨年は、景気の低迷と、メモリー市場の下落というダプルパンチに見舞われ、倒産の危機にさらされたが、恥も外聞もなく公的資金の借用をし、そしてメモリー市場の回復と呼応して、今年また再び強烈に進み始めた感のある同社は坂本社長の志が従業員にも理解されているからこそ成り立っていると思う。
 こんな坂本社長の姿勢を見て思い出した事がある。現在弊社と取引をしているA社のことだ。同社とはもう10年近いつきあいになる。残念ながらあまり大きな商いは過去にもなかったのだが、ここにきて大口のプロジェクトが入り、お陰さまでその受注に成功し、同社への発注をした。恥ずかしい話しながら弊社は弱小企業なので、なかなか銀行からの借り入れもできず、今回のような大口の商談の場合、特に支払に関してはVENDERであるA社の協力も不可欠なのだが、この会社、弊社の状況を理解していながらまったく、その条件を考慮してくれない。与信を与えてくれないのだ。当方としては、勿論客先(日系の大手メーカー)からの注文書も提示し、入金計画も含めてきちんとした姿勢を示しているのに、担当者からは、「上と相談してご返事します」そして、相談した結果「社長とも協議したがやはり支払条件は今まで通り前払いで…」のような説明。。。ちょっと愚痴めいてきて恥ずかしいのだが、社長の判断で「よし、今回は責任をとるので次回もぜひ頑張ってほしい」ぐらいの気持ちがないものなのか・・。このあたりがかなりショックだったし、社長とは以前直接会って「アメリカでの拡販をぜひ!」みたいな話をしていたにも関わらず、口だけで全く協力するつもりもない姿勢にかなり幻滅した。この会社自体もメインの商売は高官長との仕事が中心なので、弊社のようなたまにしか仕事を持ってこないようなマイクロ会社は最初から相手にされてないのかもしれない。または高官長がらみのほうで潤沢な利益があるので、あえて余計なことで今までのスタイルを変える必要なしと判断ているとしか思えない。今回は幸い日本で活躍している友人の会社から何とか資金の援助を受けられるのと(本当に助かった。感謝!)、新規で取引した別の会社が、2回目の取引にも関わらず状況を理解してくれ、支払条件にタームをつけてくれたことで、何とかギリギリのところでしのげそうなのだが、A社の対応には、本当に幻滅した。この先、この手のプロジェクトは、実は市場的にかなり魅力があり。億単位の規模も期待できそうなので、できれば積極的な展開を進めていきたいのだが、もちろんそれはVENDERの協力とチームワークががあってこそ実現するものであり、いつまでも保守的で大きな決断もできず、会社の方針だからと相手を信頼しようとも(与信をあたえようとも)しない会社と組んでいては残念ながらこの先の展開は難しいだろう。そして思うに日本の殆どの会社が実際はこのような保守的性格を未だに踏襲しているのだろう事は容易に想像できてしまう。
 アメリカの会社は、前出の坂本社長ののりで、新規のビジネスや可能性にいい意味でのトップダウンでズバズバときりこんでいく。勿論失敗もあるだろうが、得られるであろう利益に対して果敢で積極的だ。そんな一連の会社と相変わらず保守的性格を貫き通して知らないところで商機を失っている日本の会社を比べると、その行く末は言わずもがなであろう。

P.S.スミマセン、今回の内容。どう読んでもやっぱり愚痴? という感じになってしまいました。
    たまには社長のつぶやき~という事でご容赦を!

 

 

February 04, 2010

TOYOTAバッシングの陰に感じた不安

 トヨタのブレーキ不具合問題が連日のニュースをにぎわしている。アメリカでは、特にその報道は顕著だ。運輸長官が「トヨタ車には乗るな!」発言をしてしまったり、当然ラジオ(実はほとんどTVを見ないので)のNEWSでもその不具合の数々、そして新たに発覚してしまった問題などを、まるで鬼の首でも取ったかのように説明している。どうもこのような報道をきいていると、かなり昔にココム規定に違反した東芝を、同じようにバッシングし、国会議員(だったと思う)が、TVで、東芝製品を金槌でたたき壊していたシーンを思い出させる。確かに昨年はアメリカの自動車産業にとっては、GMとクライスラーの倒産という歴史に残る年だった。そんな中、同じように景気低迷で販売台数が激減した中でも、エコカーの販売に力を入れ確実に努力してきた(であろう)TOYOTAに対する、言い方は悪いが「腹いせ」にも通じるものが見え隠れしているような気がしてならない。
 さて、TOYOTAのリコール問題だが、確か事の発端は、去年の秋ごろ「フロントマットがアクセルに引っかかってアクセルが戻らなくなってしまう」というものだったと記憶している。それがここへきてアクセルの機構自身の問題になり、昨日あたりから、「アクセルを制御するシステムのソフトバグの問題」という話も出てきている。実は、この話、私は昨年訪問した車載オーディオ機器メーカー大手A社のエンジニアから既に聞いていた。彼は「アクセルが戻らないというのは分かるが、発車時からアクセルを全開に踏み込む人なんかいない。引っかかるというのはアクセルを全開に踏み込んだときにおこる(と言われていたと思う)らしいがそんなに全開に踏み込む人がいるのか?これはきっと、このシステムを制御しているソフトのバグに違いない」といっていた。「ソフトのバグはまず発見するのにかなり時間がかかり、単純に治せるものではない」と指摘したうえで、まず簡単に問題を安価で対策できるものに置き換えている可能性があるというのだ。その時は単純に「う~ん、そういうこともあるのか」と思って聞いていたのだが、ここへきてその話がまだ明確ではないにせよ現実なものとなったということに正直なところ、かなり不安を感じだ。今でさえ自動車の電化率はかなりのパーセンテージを占めており、ハイブリッドや電気自動車になればそのほとんどが電化されるわけだ。当然それらの制御は全てセンサーやマイコンをはじめとした電子部品(既にマイコンの搭載数は相当数に上っているらしい)によってコントロールされる。そしてこれらを機能させるソフトウェアは、恐ろしく重要なものになるわけだ。WINDOWSのようにあれだけのシェアを持つソフトウェアでさえ、いまだに多くのバグを抱えている。確かに机上の使い勝手という領域だし致命的なバグでも命にかかわることはない。しかし車となると話は別だ。ちょっとした些細なバグでも、それは大問題になる危険性を十分はらんでいる。ひとつだけ入力を間違えても、これが立派なバグとして、何十億円もの損失と、尊い人命を奪う結果にもなりかねないのだ。そう考えると、車載電装品に使用されるソフトウェアを開発するエンジニアにはかなりのスキルと技術力、そして注意力が要求されるだろう。ただ、この先も急激に進む車の電装化に、その人材の供給が間に合うのだろうか?前出のエンジニアが、ぼそっと話していた「今後、車載のデータ制御も通信を利用したシステムにどんどんなっていく。そこにはバグだけでなく、ウィルスも容易に侵入できる可能性もある。それらをどうやってプロテクトし、そして改善していくのか、そう考えると非常に厄介な問題がたくさんでてきそうです。」と。う~ん、確かに。。。。
 TOYOTAバッシングの陰に実はソフトウェアのバグによる問題という将来の不安の種が見え隠れしている事を意識している人は果してどのくらいいるのだろうか?

January 09, 2010

2010年に想う

新年明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
 昨年の11月からひとつ大きなプロジェクトが入り、結局年末から年始にかけてもまったく余裕のない日々を送ることになり、このブログもまったく更新できず本当に失礼しました。

さて、 昨年は本当に大変な年だった。自分のビジネスで言えば、いままで10年間で最低の年。そこへ円高という追い討ちもあり、本当に厳しい毎日を送っていた。そして自分の生業の市場である電気業界の大きな変革があった年でもあった。デジタル化の発展により、だれもが簡単にTVやPCを作れるようになった今日、その生産の形態は大きくわかりつつある。ものつくり立国を自負していた日本は、その大きな流れに残念ながら逆らえるようには思えない。それほど、この変革はインパクトがあるものだと想う。あくまで自分の予測ではあるが、5年後には日本が開花させ、そして発展させてきたTV産業から日系メーカーが消え去ってしまう事態になってしまうような気がする。加えて自動車産業に関しても然り。電装化が進む状況において将来的に日系メーカーがどの位イニシアティブをとっていくことができるか。そしてその自動車産業の隆盛を支えてきた多くの協力会社、中小企業が、この大きな変革のインパクトをどのように受け止めていくのか?本当に真剣に考えていかねばならないような気がする。
 2010年の年頭にあたり、以前、梅田さんにお伺いした、「事業の寿命は10年が節目」という話が本当に現実となったこの時に自分自身は、どのように考え計画を立案しビジネスを継続させていくか・・・。すぐにでも結論を出さなければいけない時がきている。まずは、このテーマを早急にクリアすることが自分に課せられた2010年の最初の課題だ。

October 30, 2009

自動車革新の大きな影

10月の中旬は日本に出張。おりしもトーキョーモーターショウが開催されていた。自動車不況のなか、その可憐さもずいぶんおとなしくなってしまったとNEWSが報じていた。今までモーターショウといえば、キャンペーンガールで溢れかえり熱気でムンムン、そして若者たちでごった返していたイメージが強かった(少なくとも自分の年代ぐらいまでは)が、最近では若者の車離れも非常に顕著で、そういった意味でも精彩がずいぶんとかけてしまったのだろう。しかしながら昨年から始まった不況の直撃を受け、前代未聞のGM,クライスラーの倒産という歴史的な大事件もあり、メーカー各社は新しい時代の幕開けとばかりに、次世代のトレンドになるであろう電気自動車を紹介。そしてその経済性とエコロジーに大きく貢献する性能を大々的にPRしている様子がテレビのNEWS番組をにぎわしていた。
 それらの車は、いままでのキャンペーンガールに変わり百花繚乱の感がある。デザイン的にも非常にユニークで見ていて非常に面白い。そしてほとんどのメーカーが同じようにハイブリッドではなく電気自動車をメインに展示を構成していたという点もこれまた一気に加速がついたという感じをうけた。おまけに今までは聞いたこともないような新規参入の多くの会社も電気自動車を発表していたという点が非常に興味深かった。この勢いだと本当に2,3年以内には、まるでレコード店からレコードがあっという間になくなりCDに変わってしまったように、ガソリン自動車も電気自動車に取って代わってしまうのではと思うほどである(ちょっと大げさだけど)。 
 さて、そんなニュースのさなかにも自分はあちこちの取引先訪問などなど、相変わらず慌しい日々を送っていたのだが、大阪でお世話になっている町工場(失礼!)の社長さんが、そんなモーターショウでの電気自動車の話題に触れて、「いやいや、実はこの電気自動車が本格的に日本自動車産業の中心になると、このあたりの工場はほとんどなくなってしまうんですよ」と、深刻な顔をして話はじめた。聞くところによると、この地域では自動車の基幹部品である車軸やそれに使う細かいナット、ボルトといった部品、またそれらをメッキするような工場がかなりたくさんあるとのことなのだが、電気自動車になれば当然駆動系もいままでとはまったく異なる構造になり、非常に簡素化されるため、これらの部品は殆ど不要になってしまうというのだ。言われてなるほどと思った。考えてみれば電気自動車になれば、まずモーター駆動になるので、エンジンがいらない。つまり、今までエンジンの鋳物やピストン、リングなどなど、それに必要な部品はすべて不要になってしまうのだ。当然、先の駆動系も然りで、ほとんどの部品が不要もしくは代わりのものになるわけで、これらを今まで長年にわたり専業で製造していたメーカー、特に中小企業にとっては、かなり深刻な話なのだ。 
 実は同じような話取引先でTOYOTAの最大手強力企業であるA精機の方からもうががった。同社でも現在のスタイルの自動車用に生産している部材の比率は非常に大きく、ある意味深刻な状況は避けられないという。ちなみに1万点近い部品が電気自動車に代わることによって不要になるという…。話を聞いていてちょっとゾッとしてきた。考えてみれば今まで折に触れてこのBLOGにも書いてきた電器産業の海外流出の次に自動車革新に伴う産業構造の変革がもたらす日本の自動車工業を支えてきた多くの企業にものすごい勢いで危機が迫っているのだ。ちょっと大げさかもしれないが、これって非常に現実味をおびていないか? 加えてもう一つ恐ろしいと思ったことは、電気自動車になることによって、自動車の製造プロセス自身が非常に簡素化され、極端な事を言ってしまえば、各部品がキット化し、バッテリーとモーター、これに駆動系とシートやボディを組み合わせれば簡単に車が作れてしまう可能性も非常に高いと思われる。それが証拠に、今回のモーターショウでも新規参入の電気自動車メーカーは確実に増えている。そうなると、これまた今まで日本の独断場だったテレビの生産が、デジタル化した途端にどんどんアジアのEMS生産に変わってしまったように、自動車もまた、このような生産方式が主流になってしまうのではないか? そうなってしまった時、日本は完全にアイデンテティを失い、ものつくり立国としての地位すら消滅してしまうのではないか?ということを決行背筋に冷たいものを感じながら考えてしまったのは、繰り返すようだが、やはり電気、特に家電産業の急激な流れを目の当たりにしてきた事に大きく関係していると思う。
 家で充電ができ、排気ガスを発生せず、経済的にも非常に優れた電気自動車。そして各家庭にソーラーを主体とし充電設備が整えば、本当の意味でエコロジーな環境と生活を送ることが可能になる近未来がすぐそばまできている。それは誰もが理想とする世界ではあるが、そのために日本の礎である多くの中小企業があっという間に姿を消し、日本の経済自体が理想の世界を迎える前に消滅してしまうという大きな影となっていることに、いまどのくらいの人が危機感をもっているのだろうか・・・・。

October 07, 2009

100年以上前の日本人起業家の話

自分のもっとも好きな趣味の一つである狩猟系ダイビング(潜って魚などを獲ってます)のなかでもカリフォルニアを代表する獲物であるアワビについて、その背景を調べていたら、そのアワビ漁のルーツにに日系移民が非常に深くかかわっていることがわかったのでちょっとご紹介。


 1994年まではカリフォルニアのアワビ漁は商用目的で大々的に行われてたが乱獲から絶滅の危機に陥ったために禁漁になる。このアワビ漁ルーツ、実は日本の南房総、白浜の海産物商の兄弟によっ1890年代今から100年以上前に始められたものだった。1890年の初頭に日本から移民した人が、カリフォルニアはモントレーの海岸に無数に生息するアワビを発見!これは絶対に事業になると確信し、当時日本で海産物商を営む小谷兄弟を招請しカリフォルニアのアワビ漁がスタート。当時アワビはラッコの餌か中国人が食用で少し取るばかりで、焼けば長靴のゴム底のように硬くなってしまい誰も見向きをしなかったしろものだったそうだ。おまけに北カリフォルニアの水の冷たさもあり当時は誰も手を出さなかったために海底はアワビのジュータン状態だったらしい。小谷兄弟はモントレーで本格的にアワビ漁を展開。当時アメリカには存在していなかった潜水器具を使った漁を始めて行ったのも彼らである。そのための人材はすべて日本から採用した。当初は干しアワビを生産し中国や日本に出荷していたが(1915年に禁止される)1900年代初頭には食用に適した加工法(やわらかく食べる)を開発し缶詰として発売し大成功を収める。ところがカリフォルニア州政府はアワビに大きさの制限や販売エリアの規制などをかけ始め、また移民に対する土地没収や商業規制なども強化し始め、隆盛を極め最盛期にはアワビのカンズメ工場を4つも経営していたにもかかわらず1931年にはアワビの工場は全て閉鎖、そして第2次世界大戦での排日命令により、日本人が立ち上げたカリフォルニアのアワビ漁の実態そのものが歴史からすっかり葬り去れてしまった。 アワビ漁自身はその後もヨーロッパ移民やメキシコ移民、そしてもちろんアメリカ人の手によって継続されたが最終的には乱獲がたたり絶滅の危機に陥ったために1984年にカリフォルニア全域で全面禁漁になった。 ちなみに1994年以降はサンフランシスコから北、オレゴンボーダーまでの間でリクリエーショナル目的での漁は可能。ただし年間24個一日3個までという数量と大きさもインチ以上という厳しいルールがあります。

 さて、戦後60年以上が過ぎ、それまで少しずつアメリカ人の歴史研究家により調査されてきたこのアワビ漁の歴史が、ちょうど100年の歳月を経て1994年に小谷兄弟のカリフォルニアモントレーエリアでの産業発展の功績をたたえる記念式典で再度脚光を浴び(今では自然保護区となっている工場跡地はKODANI VILLAGEと命名されている)、その後多くの研究家や日本のNPO法人によって文章にまとまられるまでに至った。
 

このような背景があることを知って、自分もこちらでアワビHUNITNGをしている日本人として、そんなDNAが体の中にはあるのかな?などと思ってしまったのだが、それより今から100年以上も前にアメリカでリソースとビジネスの可能性を見出し、会社を立ち上げ、日本からの潜水士(エンジニア)を招請し、現地の人材を育成、そしてインフラも商習慣もまったく異なるアメリカという地で、見事に起業して大成した大先輩達がいたことを誇りに思いたいと思う。残念ながら第2次世界大戦という大きな節目のために葬り去れてしまった彼らの功績は、まさしく今の起業家魂に通じるものがあると思うし、このようなスピリットはこの先もずっと大切にしていく必要があると思った。 

ちなみに本内容のほとんどは、上写真の日本のNPO南外房文化財.戦跡保存活用フォーラムがこのあたりの交流と歴史的な流れをまとめ2005年に出版した上記の「太平洋にかける橋」、そしてAMAZONで入手可能だがほとんど絶版状態のCALIFORNIA ABALONE INDUSTRYという本を参照させていただきました。

September 14, 2009

「ものつくり立国」台湾の実現

SONYがまたしてもしでかしてくれた。昨年からアメリカとメキシコの2大工場を閉鎖し、この2拠点の製造を集約すると思われた最後に残ったメキシコのティファナ工場を、なんと台湾のFOXCONNへ売却。これからは設計を含めSONYのTVは、ほとんどが先のODM先であるWINSTRONと、このFOXCONNの台湾の製造メーカーで生産されSONYブランドで販売されることになった。先に同社の凋落ぶりを、このブログでも書いたのだが利益追求のために、ここまで徹底した政策を取るあたり極端かもしれないがSONYは既に日本の企業としてのアイデンテティを放棄してしまったようだ。自分としては、ほとんど最近では取引がなかったのだが、同工場ができた1988年に、この工場の品質管理をサポートする製品のメーカーの駐在員として渡米してきた経緯もあり、本当に寂しい限りである。
 ところでFOXCONNといえば、80年代までは一介の台湾のコネクターメーカーだったのではないか?それが90年代初頭にPCのOEM生産を始めてからは、めきめきと頭角を表わし、かつ強大化して、今は世界最大のOEMメーカーとなり、SONYの工場をもいとも簡単に買収するだけの力を本当にわずかな期間で作り上げてしまった。そのパワーとダイニミックさは凄い。勢いが違う。液晶TVがデジタル機器の一つとして生産方法も単純化してしまったことにより、キットで簡単に組み立てられるようになったPCと同様、誰もが生産可能になったという背景が勿論大きく関係していると思われるのだが、それにしても単に生産にとどまらず設計や開発も含めて今後は対応するところに実は凄く重要なポイントがあるように思えてならない。台湾は自身の経済力と国力を強化するために、90年代には多くの学生をアメリカやヨーロッパに送り出し、戻ってきた人々に起業を奨励、新竹にシリコンバレーを彷彿させる巨大な先端テクノロジーパークを作り上げ、半導体やコンピュータ、そして通信を中心としたエレクトロニクス産業の基盤を作り上げた。それが昨今の大幅なデジタル化に呼応して見事に開花。特にPCの分野ではその製造拠点として世界のPCのほとんどを作り上げていると言っても過言ではあるまい。そんな台湾が同じデジタル製品の製造ということで今、もっとも勢いづいているのが液晶TVだ。すでにVISIOやEIZOといったオリジナルの台湾ブランドだけではなく、その確立された製造技術により、今回のSONYはもとより、既に激しい価格競争にさらされ瀕死の日系TVメーカーの生産も多数手がけるようになっているようだ。業績の不振が深刻なHITACHIは、やはり北米向けの液晶TV の生産を同じくメキシコで工場を展開する台湾のTOP VICTORY社へ。そしてシェア的には気を吐いているTOSHIBAも生産の一部を同じ台湾のCOMPAL社へ委託。いづれもODMでの生産となるらしい。
 最近、ACERをはじめとした台湾のPCメーカーは今までPCの製造で培ってきた生産技術により、昨今のトレンドであるネットブックスタイルのPC生産で鼻息が荒い。日本の家電量販店でもこの手のPCでは圧倒的に台湾ブランドが幅を利かせている。この先は日本にもブランド名はかろうじて日本のメーカーがつくものの台湾のメーカーで生産されたTVが続々と輸入され販売されるようになるだろう事は疑いもなさそうだ。そして台湾のみならず、既に40%近い液晶TVの世界シェアをもつのSAMSUNG、業界2位のLGといった韓国勢も怒涛のように日本に押し寄せてくるかもしれない。
 いままで日本メーカーのお手芸家電製品として世界を席巻し、半導体と並び「ものつくり立国日本」の象徴として誰もが疑わなかったTVの製造スタイルが大きく変わり始めている。そして日本メーカーのTVのODM(OEM)生産を次々にこなして、設計だけでなく生産技術、品質管理といったすべてのノウハウを吸収、確立して新たな「ものつくり立国」として市場に君臨するのは、かつて日本が歯牙にもかけていなかった近隣国の台湾になる日が間もなく実現しそうだ。

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