- エッセイ(97年5月〜99年12月) -
−1999年−
<99年10月30日 ニューヨークへ>
アメリカに住んで12年になるんですが今回初めてニュー ヨークに来ました。憧れはあったけれどもなかなか機会が無くて走行しているうちに
時が過ぎてしまったという感じ。でも初めてのこの地は期待を裏切りませんでした。 とにかくカッコイイ。SOHO、イーストビレッジ、グリニッジ、もちろんアッ
プタウンにしてもブリックのビルと紅葉の黄色やオレンジ、それに洗練されたおしゃ れのレストランやブティックの数々、本当にいい感じ。変に気取ってないところがま
た良かったです。サンフランシスコあたりだと、すごくスノッブな感じが鼻につく事 が多いんですがここはそんな事無かったです。加えてアンティークのレベルが高くな
おかつ安いことも発見。なんかまとまりないですがこれからは定期的に足を伸ばしそ うです。
<99年8月30日 麻の服>
とにかく今回の日本行きでは相当の暑さを覚悟していたので、最近バナナリパブリックで力を入れていると思われる麻のシャツやらパンツやらを持っていったのは大正解でした。気触りが良いし汗をかいてもあまりべたべたする感じが無い。おまけに結構乾きが早いし。昔から麻は好きでSUITなんかもあるけれど、今回はその素晴らしさを再確認できました。ちなみにもちろんすぐにしわになるけれど、それを気にするようでは着こなしはむずかしいかもね。私は全然OKです。
<99年8月23日 日本の夏>
残暑厳しい日本への出張。この時期に日本に帰るのは何と11年ぶり。それにしてもあの暑さは何だ???昔よりも相当暑い気がする。特にこの23日。「自分もこんなに汗かくんだ」といった感じ。そんななか、ビジネスマンはみなネクタイをしている。正直自分もそうだったんだが、やはり夏場のネクタイは死後との効率をかなり低下させていると思う。だってあの暑さの中、あの格好では暑くて暑くて仕事する気なくなると思うんだけど。いっそのこと夏は6月から9月まで毎日カジュアルにしてしまうのはどうかな度々思わず考えてしまいました。
<99年7月14日 オービスで捕まった!>
な、なんと、アメリカでオービス(自動取り締まり装置というのかな?)で捕まってしまいました。まさかそんなのあるとは思わないよね。ここに。早朝波乗りに行くべく5時に起きて海に向う途中、まったく車のいない交差点で、信号は黄色だったんだけど「いいや行っちゃえ」ののりで左折したとたん、目の前でバシッとフラッシュが光ったんだ。まさかねと思いきや、3週間後メイルで写真と共に違反通知が。ばっちり私の間抜け面が写ってました。後から見ると、その交差点には「PHOTO ENFORCED」の看板が。こんなのあるんだなあ。5年間無事故無違反だったんで、結構ショック!罰金も高くなんと298ドルでした。
<99年4月20日 ローリングストーンズのコンサート>
この超忙しい状況の中、ストーンズのコンサートがサンノゼであったのでいってきました。すごすぎる!大感激でした。かんきゃくは18,000にん。前座はシュガーレイだったけど、とにかくさすが大御所、あのストーンズがそれもセンターステージで目の前で演奏している!
昔の曲が中心で、ジャンピングジャックフラッシュに始まり、最後はブラウンシュガーで締めくくり。観客はすべておやじ、おばん!本当に大満足の2時間でした。あと驚いたのは彼等の体力とすさまじいまでのエネルギー!よーく見るとみんな本当に50過ぎのおじさんの顔をしているが、キースのオパフョーマンス、ミックのダンス、どれをとっても何一つ見劣りがしませんでした。自分もあのくらいの年まで頑張ろうという刺激にもなって、チケット代が$160でも納得のコンサートでした!
<99年4月13日 野茂の解任劇に関する雑感>
先々週の日本出張時に、ちょうどアメリカで野茂がMETSを解任されたニュースをやってました。新聞各誌は「なぜ?」とか「血も涙もない…」といったよな表現でやたらに野茂に同情的、併せてラジオでもあれだけのスーパースターをなぜ?とかアメリカ野球界に残した功績うんぬんと、とにかく野茂は決して悪くないのに・・、といった感じに聞こえたが,これってやっぱり変じゃない?だって彼は結果を出してないわけだから、解任されて当然!それも安い報酬ではなくて何億も払ってるわけだから当然それに報いる活躍がなければOUTだよね。慈善事業やってるわけじゃないんだし過去の実績で金がもらえるなんて聞いた事がない。野球に限らずアメリカの社会とはそういうところ。だから今の隆盛があると思う。この野茂の話に限らず、その習慣というか風潮として会社なんかにおいても従業員を甘やかしている限りは今の業況を変えることは出来る気がしませんね。もちろんかつてはこのような助け合い思いやりが日本の繁栄をになってきた事はまぎれもない事実。ただ、それに甘んじて相変わらず体たらくを続けている状況を早く何とかしてもらいたいのが私の本音です。まあこんな所にも今の日本の状況を見たような気がしてちょっと感傷的になりました。
<99年 3月16日 ネクタイの幅>
ここのところネクタイの幅が気になります。一昨年までは、ワイドカラーのシャツが流行していてそれに併せるために結び目がかなり大きくなるような幅の広いデザイン。去年はセミワイドカラーのシャツが主流なので一昨年よりは細身になったもののなんか寸胴タイプの幅で結び目が縦に長くなる感じ。ところが日本人の身長に長さを合わせてある日本で購入するネクタイはみんなこのかたちなんだ。だから私みたいに首が太くてワイド系のカラーのシャツが似合わないと、もうチョイスが無いというわけ。ところがブルックスブラザースをこの間覗いたら、ちゃんと昔ながらというか昔のオーソドックスなかたちのタイもちゃんと売ってました。たしかにワイドカラーに合わせたものもあるとは思うが、このあたり老舗の伝統というか、ポリシーがあるよね。こんなところからもなんか日本の画一的で個性に乏しい面が感じられちゃったりしてます。
<99年 2月19日 会社設立 その2>
一月に登記した会社のビジネスライセンスをもらうために、所在地であるサンノゼの 市役所(シティホールという)へ。その場でTAXの申告書類にあれこれと記入して
申請。おばサンが、その内容をコンピュータにレジスターし、レジで手数料($150) を支払っておしまい。これで会社は確実に登記されビジネスがあってもなくても毎年ミニマムの税金と
税金申告が義務付けられます。驚いたのは、私がここに来て書類を書いてという作業をしている間に なんと4人も新会社の申請に来てるんだ。と言う事は、 この乗りでここでは会社がボコボコ誕生ているって訳。
さすがシリコンバレー!なのかはよくわからないが、 このような起業意欲の旺盛さは、ある意味で刺激になりました。 もちろんそれだけ簡単に会社が作れるということでもあると思いますが…。
<99年1月25日 インフルエンザ恐るべし>
今回は本当に参りましたよ。あのインフルエンザ!
1月の22日から日本出張で、 翌週はばたばたと客先回りやら予定がびっしりだったのに25日の火曜日の 朝どうも熱っぽい。その後みるみる関節が痛くなって来て…。
でもその日の夜は異業種交流会の講師を頼まれててふらふらになりながら新橋へ。翌朝少し熱が下がったような感じがあったがそれでも8度近くの熱。 そのまま保険のない私は病院にも行けずアクエリアスを枕もとに
おいて寝こんでました。その日の夜は頭痛と熱で一睡もできず翌朝熱は39、5度を突破しついに病院へ。 注射と7種類の薬をもらって9,500円なり。結局その週末まで寝こみ
状態が続き、何しに行ったかよくわかんない日本出張でした。 でもあんな風邪は本当に何年ぶりかで、 その熱の高さにはびっくり。 それと馬鹿じゃないのがわかってひと安心、かな?
<1月12日 会社を設立したぞ!>
新年早々私は相変わらず昨年の会社倒産の一件が尾を引いて大変な 毎日です。
でも傍から見ると相変わらずあそび ほうけていると思われがちですが…。内心はナイーブなモンで…。
というわけで見こみのなさそうな親元には見切りをつけて、この12日についに自分の会社を持つことになりました。 資金繰りは、私のようにオリジナルの商材を持ってないと、
どこからも融資が得られないので、すべて自己資金! そんなわけで下手したらこれから当分は、長持ちしそうな魚肉ソーセージに フランスパンの生活になるかも….でも何とかいい機会と
いい経験なんで頑張ってみようと思います。 ちなみにカリフォルニアの場合、株式会社設立には発起人は一人でOK、あと 資本金にも基準がないんで、変な話$1,000でもOKなんです。手続きにかかる費用は、初年度のTAX
前払い(売上予想$1M以下なら$600)を含めても$1,000かかりません! 弁護士,他エージェントに頼むとその手数料が$2,000はかかります。本当に簡単だったなあ。
まあどうにかなるでしょ!この先の経過については随時レポートしていきますね。
−1998年−
<12月25日 やっぱりアメ車は・・。>
クリスマス当日にスノボーへ行くためサンフランシスコへ早朝 友人をピックアップに向かい朝の6時に到着。その友人がATMに寄りたいというので、近くの銀行で停まりお金を下ろしていざ出発と思ったところ
エンジンがかからない。カチッというだけでスターターが回らないのだ。なな何ということ! この車は今回リースアップした車に代わり10日前にリースばかりの新車なのだ(まだプレートすらついてない)。時はクリスマスの早朝、
ロードサービスもぞんざいな態度で、ようやく来てくれたTOWINGのドライバーいわく「この車どこもってくの?どこもやってないよ」 との返事。仕方なくその日は違反者をレッカーして集めておく場所に預け翌日ディーラーへ。
その間私はAIRPORTまで車のレンタルに行き何とかその日のうちにタホまで到着したものの、本当に悲惨な目にあいました。 これだからアメ車は信用を失うんだ!でも今まで10年間ずっとアメ車に乗っていたのにこんな事ははじめてでした。
この一件で私のアメ車に対する10年の信用もさめてしまった。皆さんやはりアメ車は要注意です。 ちなみに車種はBUICKのPARK AVENUEです。
<11月22日 ボタンえび>
日本から小学校の同級生のでんちゃんが遊びに来て土曜日はサーフィン。其の足でモントレーに観光へ行く途中 いつも冬場に魚介類を仕入れるMoss Landingのマーケットへ「今年もそろそろ伊勢えび入荷してるかな?」
などと思い立ちよりました。伊勢エビはなかったけど、何と生きたボタンエビが山ほど水槽で泳いでいてびっくり! こちらの寿司屋で出る甘エビ(大ぶりな奴)は殆どボタンエビだけど、そういえばモントレーで水揚げされるんですよね
、これが。サイズも大きいもので、15cmは裕にあり刺し身で充分いけそうでした。早速この休みにでもトライしてみようかな? 因みに最近よく中華系のマーケットでも売ってますけど、これを生で食べるには、水槽に居るとどうしても身の締まりが悪くなるので、
購入したらすぐに生きたまま氷(できればクラッシュドアイス)の中にくるんで、5時間ほど寝かせてから食べると身にプリプリ感が 戻って美味しくなるそうです。頭は取っておいて味噌汁のダシに最高ですよね。昔この味噌汁が飲みたくて、よく辻堂(今は茅ヶ崎にもある)
田舎寿司に通いました。
<11月10日 STROMP CONCERT>
Foot HillのFLINT CENTERへパーカッションパフォーマンス集団のSTOMPを見に行きました。 勿論はじめてだったんだけど、昨年は日本でもだいぶ話題を呼んだらしいという事で、小沢ちゃんが並んでチケット
とってくれたおかげで席は前から6番目でした。うーん、やっぱりアイデアがすごいなあ! とにかくそれには脱帽、 又奇想天外な発想もいい。特にすごいと思ったのは、ゴミと新聞それにゴムホースでしょうか。
それとパフォマーの息がぴったりで、これは相当の練習の賜物だなという感じがしました。 ただあのセンスとテクニックはただの練習ではとても得る事のできない、
何というか本能的なものもかなりあるような感じたね。久々に見ごたえのあるコンサートでした。
<10月26日>
今年最後のアワビ採り(メンドシーノ)へ。天気は霧もなく快晴。途中サンタローザあたりでは黄色や赤に色づいて、まるでカラフルなジュータンのようになったワイン畑を眺めながら目的地へ。
キャンプサイトはさすがに海沿いだけあって深々と冷え込んでましたがエルニーニョの影響もあって水温は暖かく、それとどういう訳か水の透明度が素晴らしくて水面から4メートルぐらいの底までよく見れる状態
でした。いっぱしのダイビングスポットに負けないくらいの美しさに大感激!とにかく過去4回のうち今回は最高でした。おまけにアワビが「今までどこにいたの?」と思うくらいそこここにいっぱいいて、
わずか1時間でリミット(4つ)を採りました。中川なんか銛で魚(ハタ系だと思う)まで突いて。 晩餐は大賑わい!それと天の川まで見える満天の星(私はこれもキャンプの醍醐味だと思うのです)
には感動しました。 でもやっぱり夜の寒さは半端じゃなかったです。0度近かったんじゃないかなあ? そんな感じで来年は5月よりTRIPを再開予定。
<9月29日>
仕事(うーん、あれは絶対仕事だと思う)でハワイ、それもハワイ島へ。さすがにのんびりしていていいところですねえ。 仕事じゃなければ最高なんだけどなあ。 ホテルの敷地の水辺には、ウミガメなんかがたくさんいて
シュノーケリングは最高でした(本当に会議などで時間がないのがたまに傷)。
そういえば敷地の一角のSHOPPING MALLの中にROY's (ハワイが本拠地のHAWAIIAN,CALIFORNIAN RESTRUANT。日本でもかなりブレイクしているらしい)があって食事しました。
味は全体的に甘めな感じ。デザートに名物といわれているCHOCOLATEスフレを食べたんだけど、個人的には軍配はSTARSだね。
せっかくだったのにハワイ島らしい話題があまりなくてなくて残念でした。 おまけに帰りにはHONOLULUで飛行機が12時間も遅れて結構シュンとしてしまいました(でもそのお陰で久々にSUSHI
KINGで板前やってる友人に会えてよかったけど)。
<9月16日>
友人が日本から遊びに来て、久々にサンフランシスコにあるカリフォルニア料理の老舗<STARS>へ行く。 正直ここは私の一番のお気に入り(だからレストラン紹介にも載せていないのだ)。確か88年だと思うがアメリカに来て、
ここのCAFEではじめて食事をした時の印象はそれはもう強烈でした。「何だアメリカにこんなに美味しい料理があったんだ」 ってな感じで。まあそれからは機会があればちょうちょく顔を出してはいるんだけれど、相変わらず雰囲気と演出、特にいつ行っても季節感あふれる造花ではない巨大な生け花
が飾られて、それはもう見事なものなのです。今回はそこで、デザートにCHOCOLATEスフレを食べたんだけれど、これがとにかく絶品でした。 まあここのパティシェは、毎度腕がよくとにかくなにを食べてもほとんど外れないんだけれど、これは凄かった。スフレ自体はほんのり暖かく表面はカリっと中は未だ多少トロみが残って、
勿論チョコレート味はまったく甘くなく苦みばしったダークな味。それに絡めるミントソースとパッションオレンジのソースが又絶妙のコントラストでした。 うーん・・。料理の鉄人のようなうまい表現ができなくてスミマセン。でも久々の感動でした。
<8月21日>
メンドシーノへ今年2回目のアワビ採りに行く。第一回目は6月で1個も採れず玉砕。 今回は日本から名人中条が参加。彼は来米直後で時差ぼけを理由に前の晩から現地入り。
当日CAMPサイトで待ち合わせをする。当日そこへ着くを何と中条が駐車場でウェットを着たまま仁王だち。 我々の車を見つけるとおもむろに微笑み、BOXから採れたてのアワビを高々と持ち上げる。
聞けば午前中で既にリミットの4つを採り尽くしたとの事。
この日は凄かったですねえ。その後もみんなでアワビを計16個採り、その上 釣り部隊も健闘して釣った魚はそのまま塩焼きに。翌日は何とウニを採りまくり日本より持参の飯盒でご飯炊いてウニ丼作って食べました。
アワビ採りっていうのは、狩猟の喜びのような、なんか人間の本能みたいなものが掻き立てられて、結構病みつきになるのです。 でもただの食いしん坊なのかもしれないが・・。とにかく今回は大満足のキャンプになりました。
−1997年−
<May 1, 1997>
先週の末ぐらいから、家の前のプールにカルガモの親子が来ている。いつも夜になると来て、 朝の8時ごろにはいなくなってしまうけれど、いったいどこから来て、どこへ帰るんだろう?
今年(実は去年もきていた)は6羽ほど子どもを連れている。ついつい朝早起きしたり 夜になると覗きに行ったりしちゃうんだよね。日本で騒ぎになったときは、「なんであんなに大騒ぎするの?」とか思ったけれど、
プールの縁と水面の間は20センチぐらいあって、子供たちどうやってあがるのかな とか猫に襲われなければいいのに、とか、何かカルガモ親子が気になっちゃうのでした。
<May 4, 1997.>
昨日(5/4)で、KIRKWOODスキーリゾートがクローズになり、これで今年のスノボーシーズンはすべておしまい。 今年は早かったね。去年は5月末まで滑走できたのに。去年は帰りがけにいつもストックトン辺りで、
取れたてのイチゴ買ったりアスパラ買ったりして、5月の中頃以降は チェリーも加わって食の方も充実してたけど、 今年はイチゴまででチェリーまでは無理だったのが残念。
来年は何とか5月末までできればいいのに。それにしても今シーズンはよく行ったね。1月から 日本出張の2週間を除いて週末はほぼ皆勤賞でした。
<May 9,1997.>
スノボシーズンも終わり、さて「これからはキャンプだ!アワビ取りだ!」と、サイトの予約にトライしたところ、これが何と北の ステートパーク(メンドシーノ周辺)は、10月末のシーズン終わりまで、週末はすべてソールドアウト!!
こんなのってあり? もうキャンセル待ちしか術がない状況で結構ショック大! これに加えてこの日の夜、寿司富美いって聞いたところ(名人に)、 何と今年は乱獲のせいで、アワビは4、5ヶ月間全面禁漁とのうわさ。トホホっ・・。大至急ほかの糧を考えないと。
シーズンはこれからなのに・・・。
<May 12, 1997>
Web会社の方とお話をする機会がありました。その中で、「Eメールというのは非常に 簡単な通信手段ゆえ、その内容も簡素化されており、手紙のように前文や末文、
後付けといった形式がない(かどうかは定かではないが)がゆえに、また特に相手の事をよく知らない場合 などでは、時に内容の解釈によっては妙に中傷的になったり、変なニュアンスになるケースが多いようだ。」
との話がありました。 なるほどなあ。 そういわれてみれば、自分にもいろいろ思い当たる節があったりして。 やっぱり逆に簡単だからこそ内容には多少なりとも気を使うことが
必要だと、ちょっと考えてしまいました。でもこの簡単さが良い面でもあったりするんだけど。 うーん、やっぱり考えすぎなのかなあ。
<May 13,1997>
LAへ出張。機内誌のAMERICAN WAYの5月号は、「Tokyo Around the clock」というタイトルで東京特集。 巻末のBASIC Tokyo案内の中でTRAVEL
TIPとして、「東京のホテルで穴場なのはラブホテル。 予約は不要だし、下手なビジネスホテルよりは全然広いし、備品も充実。ただし2名以上は超過料金 」と載っていた。
いやーっ、これは傑作!そういわれてみればそうだよね(と思う)。 確かに部屋は広いし、きっとTAXやサービス料は付かないと思うし、 備品ももちろん余計なものまで(有線とかカラオケとか)
いろいろあって(もちろん想像)、東京で夜まで遊んで寝るだけだったら確かに充分な気がする。 「さすが!よく研究しているなっ」と、感心してしまいました。
<May 17, 1997>
ベンチャーキャピタリストのMさんとゴルフのあと食事。投資についていろいろと話を伺う。 私は皮肉っぽく「最近の傾向としては、基本はやはりハイリターンで、大きな投資
を必要としないという観点からやはりソフトウェア産業、それもイントラネットなどネットワークがらみのもの中心 に考えられるケースが多いのではないか?」(というのは、私の分野はハードウェアで、
以前、私のマーケティングSURVEYに基きパートナーが新製品開発の投資を仰いだところ、ハードは開発費はもとより試作機の製造、 それに伴う設備投資、加えて在庫を抱え、なおかつ回収に時間がかかるという理由で
どこからも相手にされなかったという苦い経験があった)と問うたところ、「遠藤さん、それは事実で最近は特によくわからない投資家が、 確かにネットワークがらみの商売に集中している傾向はある。
ただ逆にその分野のビジネスは、すでにたくさんあり煙たいものも多いのです。 我々は、もちろん少なくとも商売ですから、ソフトに限らずハードであれバイオであれ、
要は商いになればいいんです。ただし時代の流れは速い。だから3年がひとつの目安です。我々は3年後どれだけ儲けることができるか、このプロフィットの 予測が期待値にあっていれば、それで投資は可能です。3年後にバラ色になるビジネスプランを書いて
ください。もちろんプランの書き方もよく研究して。 これがビジネスの第一歩めだ。という気構えで気合を入れて作ってください。」 との返事を頂きました。「ははーぁっ」と私は頭の下がる思いでした。そして
自分の奢り高ぶった解釈と無知と勉強の足りなさを再認識するとともに、 「まだ可能性があるかもしれない。」と一寸意気込んでしまいました。 もちろん皆すべてMさんと同じ考え方とは限らないと思いますが
なんか些細な、というより当たり前の事なんだろうけど 目からうろこが落ちる思いで・・・Mさん有り難う。 (今回まとまりが無くてスミマセン。)
<May 26,1997>
日本のニュースで、インターネットがらみの裁判がありNIFTYが敗訴の 記事を読んだ。このコーナーの5月12日にまさにそれに関することを書いたけど、 こんなに早く現実の問題になるとはね。まあ内容的にこの問題はかなりえげつないもの
だったようだけど、今後はこういう問題、かなり増えるんじゃないかな。特にCHAT なんかだと、ランダムに内容が変わってくるし人も変わってくるしで結構恐いものがあるかもしれない。
もちろん参加する側、もしくはメイルを使用する側の認識も重要だけれども、使用させる側、 運営する側の責任も今後はかなり重要になってくると思う。でもこの定義付けっていうのは難しいよね。
対人間だから、別に私なんか、ジジイとかアホとか言われても「あっそう」って感じだけれども、 気にする人はほんとに気にするもんね。
<June 27,1997>
久々の日本出張。先週末に帰ってきましたが、今回、東京のトレンドウォッチャーを自称する 友人に誘われて、渋谷(かな?)にある今一番人気のクラブ(語尾があがる発音)<FURA>へ
いってきました。ようはディスコですよディスコ。我々の世代でいうところの。でもホント年齢層が若いのには驚きました。 というより自分が年取ったんだよね。それと結構あの轟音と混雑(12時過ぎると歩く場所もないくらい)も、
昔はかなり心地よかったんだけど、やっぱりちょっと
Too Muchな感じ。それとあと一つびっくりしたのは 何か最近の若い子、特に女の子なんか異様に背が高いんだよね。確かに高い靴はいてるとは思うけど、もう見上げるって感じ。
一体何を食べているんだろう。これにはホント驚きました。
<July 18,1997>
まああまり大きな声では言えないんですが、ちょっと会社で訴訟問題を抱えてまして。 そんな関係で今日は一日裁判所でした。初めての経験だったけれどもシステムがちょっとびっくり。COURTは基本的には同じビルディングの中に
法廷が8つぐらいあって、それぞれの法廷で内容にもよるけれども一日4つぐらいの審議がされるんだ。 驚いたのは、一応時間のアポイントは入ってるんだけど 前の審議が長引いたりすると
みんな其の傍聴席で待っているんだ。 被告も原告もそれぞれの弁護士とともに同じ場所で。 これも凄いけど、要はその審議を傍聴できちゃうって訳(別に聞く必要も無いんだけど)。
ちょっとすごおいでしょ。想像つきます? ちょうど私たちの前の裁判は、メルセデスのユーザーがディーラーを訴えてたものだったけど、 これがもし離婚訴訟みたいなプライベートなものでも、
やっぱり同じように傍聴できちゃうのかなあ。
<July 25,1997>
サラトガはMOUNTAIN HISTRIC WINERYへJAZZピアニストの大御所DAVE BRUCEBECKとDAVID BENOITのコンサートを聞きに行く。
このPAUL MASONのワイナリー行かれたこと有ります? 私は初めてだったんだけど、 ここはサラトガの裏山の山頂にあるワイナリーがそのまま野外コンサート場になっており、
その雰囲気もさる事ながら何より凄いのはサウスベイ、 それもオークランドあたりまでの夜景がすべて見えるのこと。それだけでしびれちゃいました。
コンサートは、油の乗り切った人気ピアニストのDAVIDが、齢77歳(だったと思う)の大先輩DAVEを盛り上げたって感じ。 DAVEは足元もちょっと心配(?)という感じながら、ピアノを前にするとシャキっと
人が変わったように、とにかく乗りまくって時に雄叫びも上げて 凄い迫力で代表作であるTAKE FIVEとかを演奏しまくって、とにかく大感激でした。
このワイナリーはコンサート以外にも、昼間は確か一般に開放しているので、ピクニックには最高! 是非チャンスがあったら足を伸ばして見てください。
<July 28,1997>
26,27の週末は、「三十路会」の連中とレークタホの北へCAMPに行ってきました。このキャンプ場より 30分ぐらい北にSIERRAVILLEという本当に小さな村があり、ここの外れにある秘湯へ行くのがひとつの
大きな目的だったのです。当日、キャンプサイトへ着くとなんと大雨!それでも雨は夕方には上がり、 その温泉(CAMBELL'S HOT SPRINGS)へ。思ったより小さくて
プライベート用に仕切られた個室の湯船が4つと離れたところに、外湯(といってもちょっと 大きめなスパみたいな感じ)がひとつ。
ここはデスねえ、なんとみんな素っ裸で入浴しているのです。まあだれも知らないから男同士だったら 問題無かったんですが、女性もいたし今回は水着を着けてということになりました。
でもなんか着ている方がハズガシイんですな。これが。ヘブンリィの裏のWALLESなんかは 水着着用なんだけど。場所柄でしょうか?まあ温泉自体はそれなりで結構のんびり楽しめましたです。ハイ。